人を救うということ|株式会社自由の森

人を救うということ

最近あるところで「救う」という言葉を見かけたので、思ったことを書こうと思います。

まず言いたいのは、人が人を救うことはできないし、上から目線で身勝手な考え方だと思っているということです。救いは本人が感じるもので、他人から意図的に与えられるものではないのではないでしょうか。

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私はコーチングを仕事にしていますが、コーチングで誰かの手助けをしたい、人の役に立ちたい、というのは自己満足と己の欲求を満たすためのものであることを自覚しています。たまたまコーチングを受けたい人とマッチングしたら、対価としてお金を頂くということをやっているだけです。

人の心を扱い、人生に多大な影響を与える場合も多いからこそ、傷ついた方においそれとコーチングを行うことはできません。深く傷つき、心を病んでいる人にはカウンセリングを行うことさえ危険な場合もあるので、安易に触れることのないよう肝に銘じています。

そんな方がコーチングを受けたいと仰った場会は、カウンセリングの領域であること、場合によって心療内科や精神科の医師にかかる必要があることを説明し、コーチングは実験的なものになってしまい効果が得られない可能性があることを了承して頂いてから行うことにしています。これまでの経験上ある程度は効果があることをわかっていても、これだけは外せません。

したがって、求められない限りこちらからコーチングさせてくださいということはしませんし、やってはいけないと思っています。

もちろん、結果として救われるということはあると思いますが、それは相手がそう受け取ったからであり、こちらの意思によるものではありません。救われた、楽になったと言われることもあり、嬉しいものですけど、そこでいい気になって人を救う、助けるなどと驕ってはいけないと思っています。

コーチングをやっていて痛感するのは、他者ができることといえば、せいぜい相手が自分で自分を救うのにちょっと手伝いをするくらいのことです。救いたい、助けたいという気持ちはあって構わないと思うけど、それが自分にとってどういう意味を持つかはしっかりと留めておきたいものですね。

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