終わりの始まり

駄散文
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終わりの始まり

日曜に立ち寄った上の弟が父の様子を見て、思ったより認知機能がやられていることを知って、車の運転を止めさせています。これで肋骨にヒビが入って4ヶ月続けていた運動を止め、車を運転しなくなることで父の唯一の外出および運動機会がなくなり、ますまず椅子に座ったままになり、寝たきりに向かって一直線になることでしょう。私以外の全員が入院してからの5年間、優しい言葉で甘やかした結果がこれなのと、そのツケを払わされるのが主に私になりそうなので、最高オブ最高の気分です。

来週日曜には弟が2人ともうちに来て話し合いをすることになりましたが、もう手遅れ状態で今更何を話しても改善しないので徒労になると思います。今日は来週月曜に有給を取って介護認定の申請をすると連絡が来ましたが、下調べもせずに誰かに聴いた話を鵜呑みにしているだけで要介護者本人が行く必要がないことを知らなかったようで、結局申請に向けて区役所に行くのは私だけということになりそうで大変ありがたいです。

仮に介護認定が通ってヘルパーをお願いできても、母は昔からお金に関しては超絶が付くほどケチなので、介護サービスが有料と知ったらたぶん頼むことはしないでしょう。

父の認知症の具合もかなりヤバく、ここ数日は寒いと言ってはジャージを着てしまいますが、今日も夕食に降りたら着ていて顔が真っ赤になっており、寒気が熱中症の症状だと何度伝えてもダメなのに加え、母も私が何度もキレて脱がせろと言っても着せたままにしているので、このままだとこの夏に熱中症で最悪の結果を迎える可能性が非常に高いです。ここ5年間ずっとそうでしたが、母のサポートが運動を促すでもなく世話を焼きっぱなしで、かつ父のぶっ壊れた意志を尊重しすぎて完全にダメな方向に行っているので、もはや私がフォローしきれない状態になっています。

また、薬を何度も飲む症状も出始めているので相当マズイ段階に来ていて、以前偶然知った、下のような薬効のない偽薬のお世話になる必要も出てくるかもしれません。

こんな状況なので、ベジータのように無力感と絶望と怒りで超サイヤ人になってしまいまそうですが、家族と離れて1人でいる時間はなるべく面白いことをして楽しく過ごそうと思います。こんなときでも人の役に立てる実感を失わずに済むという意味で、本当にコーチングの仕事をしていて良かったと思います。

父本人が運動不足と認知症を防ぐ努力を全然せずにここまで来て、これから本格的な介護が始まると思うと前述の通り絶望と怒りしかありませんが、3人兄弟で上手に分担…は物理的に不可能なので納得のいく形で話をまとめられたらと思います。

いつかその時が来るとは思っていましたが、ラディッツが来た後にベジータとナッパが地球に来るくらい早かったので、それまでにやれたことがたくさんあったと思うと本当に悔しいですね。父は病み上がりなのに花見で酔って腰骨を折って、コルセットを勝手に外したり、骨折が治っていないのに腰の手術をしたり、できたのにも関わらず全然運動しなかったりとやらかしまくったので絶対に許せそうにありませんが、これはもう仕方ないから私の中で許さなくてOKということにします。

ハロー!絶望的な未来!!

今日はいつになく毒を吐きまくりですが、これは希望的観測をなくして最悪の中の最悪の想定をしておいて、少しでもマシだったらラッキーだと思う仕組みです。私調べでは落ち込みやすい人は周りに期待しすぎるので、少しでも現実が思い通りにいかない場合に落ち込んでしまいますが、見積もりを予め最低ラインにしておくことで落ち込みを防ぐことができると思いますので、ぜひやってみてください。

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